肩の力を抜く。アートの為のボードゲームデザイン。
Board Game Design Advent Calendar 2018 - Adventar
2018/12/04 担当記事
■はじめに
そのボードゲームが何者なのか熟慮するとき、私は「プロダクト」「デベロップ」「アート」の観点で多角的な見方を1度は試みます。
これをより多くのゲームをフェアに評価する方法として好んでいます。
この方法はうまく機能しますが、しかし、欠点もあります。
多くの場合に「Aは良いがBは悪い。」「Bは悪いがCは良い。」のようなバランスされた結論になる為、絶対的な評価を好む場合には不向きと言えます。
今回はこの多角的評価のアプローチと表題のアート要素について語ろうと思います。
■プロダクト
ここで言うプロダクトとは製品パッケージとしての完成度や魅力のことで、いかに人を引き付ける何か、いかに売れる何かがあるかを意味します。
私は単に「売れる努力」と言い換えます。
例えば、
・アートワークが美しいか
・コンポーネントが豪華か
・システムが流行を抑えているか
などが当てはまります。
多くの人に「これは売れそうだ。」と思わせる何かの多くはその素質を持っていると思っています。
■デベロップ
ボードゲームの業界においてデベロップは少し特別な言葉で、多くの場合にシステム面での洗練を意味します。
私は単に「優れる努力」と言い換えます。
例えば、
・システムの可能性を引き出し切れているか
・システムから冗長 が取り除かれているか
・複数の戦略や要素がバランスよく機能するか
などが当てはまります。
まだ改善の余地が多くあるゲームを業界では「デベロップが足りない。」と言う人もいます。
ボードゲームそのもののデベロップが進んでいると、今あるシステムをさらに進化させたり、まったく新しいシステムを生み出すこともあります。
■アート
今回のメインテーマなので他より深く考察します。
言ってしまうと身もふたもないのですが、プロダクトにしろデベロップにしろ直感に訴えかけるだけのバズワードに過ぎません。
しかし、そのおかげで意味や解釈に具体的な束縛を受けず、発信者と受信者で自由に解釈できるイマジネーションの源泉として機能します。
そして、共通認識できる部分も存在するのでコミュニケーションの仲介者ともなります。
アートはこの二つに対し、もっと抽象的で共通認識の部分がとても難解です。
しかし、私は確かな認識を持ってこの言葉を好んでいます。
ボードゲームで言うアートとは私にとって内なる自己表現を意味します。
単に「自己表現する努力」と言い換えます。
例えば、
・マインドのコピー
・メッセージの発信
・オリジナリティの執着
などが当てはまります。
しかし、伝わりそうにないので別の方法で説明します。
ボードゲームデザイナーはボードゲームを出版し自己を証明し生きた証を残したいと思いました。
古代人は壁画を描き自分たちが生きた証を世界に記録しました。
ボードゲームを作るのも絵を描くのも同じだと思っています。
例えば、「子供が無垢に描いた絵」も「プロがお金の為だけに描いた絵」も絵は絵です。
「下手だけど好きなものを描いた絵」も「上手だけど嫌々に描いた絵」も絵は絵です。
「製品」や「作品」の意味を持って生まれたものがプロダクトやデベロップの評価の洗礼を受けるのは当然ですが、そうでないものにそれを強要する必要はあるのでしょうか。
大人が子供の絵を指して下手くそだと馬鹿にするでしょうか。
私はないと思います。
もっと多くの人が気まぐれにボードゲームを作ってよいと思っていて、
そうすれば、より多くのゲームが生まれ、より多くの人の自己表現が達成され、幸せが増えると思っています。
■さいごに
しかし、勝つことに強いマインドを持つ人のアートが結果的にプロダクトやデベロップと変わらないものであってもよいと思っています。
何故なら、それが自己表現した結果なのだから。